僕のヘルニア日記 -5章 激痛再発-
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僕のヘルニア日記 -4章 保存療法- - Positive Mental Attitude
激痛再発そして救急外来へ
12/8(土)
土曜日ということもあり息子の付き添いの交代。
息子の大腿骨骨折もだいぶ良くなり、ぎこちないが歩けるようになってきたようだ。歩けるようになるといろんなところに行きたがる。
ナースステーションの横のご飯の献立を選ぶ端末が気に入ったようで、切り株の椅子に座ってタッチパネルの画面で遊んでいた。
そろそろ病室に帰ろうと思い、椅子から下ろすために息子を持ち上げた瞬間、腰に今までとは違う違和感が。
その時は「あっ、ヤバイかも」程度だった。その後も普通に歩けたし、そこまで重症という感じもしなかった。
ただいつもに比べると明らかに腰に違和感があった。
夕方嫁が用事を済ませ病室に戻ってきたため、付き添いを交代し、家に帰ることにした。
その時はしばらく横になって休めば良くなるだろうと高を括っていた。
横になり、うとうとしながら休むこと2時間くらいだろうか。
その日は夜も付き添いで泊まる予定だったため、そろそろ起きないとと思い、立ち上がろうとした瞬間に腰に激痛が走る。
これは明らかにおかしい。1ヶ月前の激痛ほどではないがまともに歩くことは出来ない。
痛み止めを飲もうとキッチンに行きたいのだが、辿り着くのが精一杯。なんとか痛み止めを飲み、嫁に電話。
とてもじゃないが夜の付き添いは無理そうであることを伝え、再度横になる。
そこから2時間ほど安静にしたが良くなる気配はない。
一か月前の激痛の記憶が蘇る。まだ少しでも動けるうちに実家に帰った方がいいと決断し、母親に迎えに来てもらうことに。
とりあえずその日は実家に泊まったが、夜も痛みでほとんど寝ることは出来なかった。
翌朝再び緊急外来へ
12/9(日)
なんとか一晩痛みに耐え、朝になり、母親に緊急外来に連れて行ってもらうようにお願いする。
ただもうこの時には立ち上がることさえ出来なくなり、車までたどり着くことすら出来ない状態。
少しでも起き上がろうとすると腰に激痛が走る。前回の激痛と同じだ。ただこの痛みから解放されるには病院に行くしかない。
しかし玄関までは行けそうにないので、リビングの扉のすぐ近くに車をつけてもらうように母親にお願いする。
腕から下を少しでも動かすと背骨の神経が抉り取られるような痛みが下半身に走る。
匍匐前進ならなんとか行けると覚悟し、庭を這いつくばってなんとか車に乗り込み市民病院に直行した。
病院に到着すると、前回と同じくストレッチャーで運んでもらい、痛み止めの点滴をしてもらう。少しだけ痛みが和らいだ気がするが全く起き上がれる気配はない。
緊急外来の先生には痛みが和らいだら帰るように言われたが、そんな望みはゼロに近いことを伝えた。
しばらくすると整形外科の先生がみえて、今日は入院し、明日MRIを撮って再検査しようと提案される。
是非そうして欲しいですと伝えその日は入院することになった。
病室に入ったのがお昼過ぎ。うつ伏せ状態から全く動くことが出来ない。
夜には病院食が出たが、起き上がることも出来ないし、トイレにも行けないため食べることは出来ない。
夜中もとにかく痛みが酷くて全く眠れない。何度かナースコールし、点滴(アセリオ静中液)、座薬、筋肉注射、薬(リリカ、セレコックス)とあらゆる痛み止めを駆使して痛みを和らげてもらう。
しかし痛み止めは殆ど効かず、激痛と闘いながら時間だけが過ぎて行く。
そんな辛い夜を過ごした翌日、遂に手術を提案されることになる。
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僕のヘルニア日記 -6章 手術決断- - Positive Mental Attitude